思いつめたような表情。
なにかを探るような、それでいて遠慮がちな視線。
目の前に置かれたアメリカンコーヒーは、持っているだけで指先が熱くなるほどで、私は一口も付けられないまま次の言葉を待っていた。
「会社、辞めたいんです」
長い沈黙のあと、こぼれ落ちたのは消え入りそうな声。
(おいおい、その手の相談は専門外だぞ ……)
喉元まで出かかった言葉を、ぐっと飲み込む。
「きつい言い方になるよ」
そう前置きして、私はキッパリと伝えた。
「辞めてもいいと思う」
予想外の返答だったのか、彼の顔がわずかに緩む。
でも、間髪入れずに言葉を重ねた。
「ただし、この仕事がつらいからって、逃げるように辞めるのだけはやめときな」
また、彼の表情に不安が混じる。
「これだ!」と思えるものに手を伸ばすための、前向きな「退職」ならいい。
でも、ただ背中を向けて走り出すだけの逃避は、たぶん、暗い気持ちがどこまでも追いかけてくる。
逃げ出すように辞めるな。
ネガティブな選択肢を、正解にするな。
…… いかん、いかん (> <)
どうも文章にすると、自分を棚に上げてカッコつけようとしちゃう。
若いころの私なんて「バンドがやりたいから」って理由で、アルバイト感覚。
「こんな仕事やってられるか!」って、後先考えずに辞めるのが特技みたいなもんでした。
でも経験上、こういう辞め方って、本当に驚くほどスキルが身につかないんですよね。
いい歳をして「バンドを辞める」って決めた時、やっと「これをやってみたい」が見つかって。
そこからようやく、私の仕事人生はまともに回り始めたわけです。
偉そうにアドバイスしていた口が、急にムズムズしてきた。
結局、熱くて飲めなかったコーヒーを、そっと机に置く。
順調に仕事を覚えられるようになったのは ……。
まぁ、そのあたりは彼には内緒にしておこう。
ー 撮影場所と機材 ー
中央区/日本橋
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吉見 範一(よしみ のりかず)
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